今回の記事は、愛知県名古屋市にある株式会社三恵社の取り組みについて取材を行ってきましたので、その内容をテーマとして扱いたいと思います。
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【事業内容】昭和38年創業、教育商材の出版も行う歴史ある印刷会社
まずは今回の取材対象となっている株式会社三恵社がどのような会社で、どのような事業を行っているか、そして現在の営業活動の様子を紹介したいと思います。
株式会社三恵社について
株式会社三恵社は愛知県名古屋市にある会社で、初代社長の木全孝清氏が1963年5月に印刷会社として創業してから、現在では事業変革を経て教育関係の出版事業を中心に行っている会社です。
本社は愛知県名古屋市に事務所を構えており、東京都江戸川区にも営業所があります。
事業内容
株式会社三恵社は創業以来、飲食店向けのメニューやチラシなどのセールスツールのデザイン・印刷業として事業を行ってきました。現在は教育関連の出版を主な事業として行っています。
大学等で使用される教科書やテキスト、論文集など冊子の制作から出版、販売までを一貫して行っていることが特徴で、少ない部数での出版も対応しています。
現在、株式会社三恵社では既存顧客への営業回りだけではなく、新規開拓営業も実施しています。大学向けの教科書やテキスト、学術書を作成したいと考えている大学教授だけでなく、本を出版したいと考えている企業や専門業、一般の方に対しても広く営業活動を行っています。
インターネットの出現により印刷業界が衰退していった
もともと株式会社三恵社は飲食店のメニューやチラシの制作を中心に印刷業として活動していました。印刷業として事業を営んでいた時代は、既存顧客のフォローだけでなく、既存顧客の紹介や飛び込みといった新規営業を行っていました。
しかし、印刷業界はインターネットの出現によって大幅に衰退していき、世の中の人も今まで紙で対応していた資料をデジタルメディアで代用するようになっていきました。
インターネットが世の中で広がりをみせる2000年以前から、株式会社三恵社の売上が毎年少しずつ落ちている状況があり、現社長の木全哲也氏は「このままメニューやチラシの制作を中心とした印刷業を続けていても、今後事業は発展するどころか、衰退していく可能性が高いのではないか?」と懸念していました。
また、木全哲也氏は周りの同業他社で、同時期に売り上げを伸ばしている企業がほとんどおらず、印刷業界全体として衰退している状況であることを知り、ますます現在の事業や営業形態に不安を持つようになりました。
社員も自社の売上が年々下がっていることは把握しており、会社全体の雰囲気は徐々に暗くなっていきました。
教育業界へ新たな出版サービス構築によって売上アップに成功!
印刷業界全体が衰退傾向にある中で、木全哲也氏は自社が生き延びていく方法はないかと考えていました。周りの同業他社は、「今後このまま衰退し続けることはない」と楽観的に考えている会社もあれば、「営業力さえあれば問題ない」と考えて営業スタッフを増やしている会社などがありました。
しかし、木全哲也氏は今後も印刷業界全体の衰退が続いていくと考えていたため、「営業スタッフを増やしていったとしても、業界の動向から考えると解決策にはならないのではないか?」と考えていました。
また、木全哲也氏は今後株式会社三恵社が生きていくためには、新たな業界への新規参入と自社独自の強みを持ったサービスの構築が必要であると考えました。
新たな業界への参入を検討していた木全哲也氏は、同業社で教育業界へ特化したサービスを提供している印刷会社がいないことに気づき、自社のサービスを活用しながら参入していくことができる教育業界へ的を絞って新規参入を行うことに決めました。
具体的には、大学の教授が執筆した原稿を製本し、出版物として自社のオンラインショップ以外にもAmazon.co.jpへの出品・販売する、制作から流通までを一貫してサポートする出版事業を構築したのです。
株式会社三恵社が新たな事業をスタートさせた当初はメールDMや飛び込みを中心に営業活動を行っていましたが、なかなか大学の教授や先生と繋がることができずにいたため、木全哲也氏は電話営業を活用して大学の教授や先生に直接アポイントを獲得しようと考え、大学や専門学校へアプローチを行いました。
この事業はどれも過去に実績がなかったことから、飛び込みや電話営業を行っても初めのうちは受付で断られる機会が多く、なかなか話を聞いてもらえる環境を作ることができませんでした。
しかし、印刷業界に新たな活路を見出すため、木全哲也氏は諦めることなく、新規営業に取り組み続けました。すると、少部数から出版できることと、出版後の売れ残りのリスクが少ないことなどが評価され、受注に繋がりはじめました。
また株式会社三恵社のサービスは、本の制作・製本から販売までを一貫してサポートしていることで、販売にかける労力や時間を削減できたと大学教授からの評判が高く、新規営業によって顧客となった教授から、他の大学を紹介して頂ける機会が増えていきました。その結果、現在では東京大学、筑波大学をはじめ、全国200の大学、計600名の教授に利用されるサービスにまで成長しました。
それを前後して、木全哲也氏が過去に予期した通り、インターネットが普及したあとの印刷業界は大きく衰退していきました。株式会社三恵社は教育業界へのサービスに特化をすることで他社にはない独自の強みを得ることで、印刷会社としてだけでなく出版社としての事業を発展させてきました。
IB’sEYE:木全哲也社長の経済や業界の流れを予期する先見性の高さ
株式会社三恵社は昭和38年創業の歴史ある印刷・出版会社です。
世の中には株式会社三恵社のような歴史ある会社は多くありますが、常に成長し続けられる企業は多くはありません。皆様も一度考えてみてください。自社の業界が衰退する可能性がある時に、今まで成長し続けた分野を離れる覚悟を持てますか?
木全哲也氏が持つ業界の流れを読む先見性は、この先も株式会社三恵社の社員や歴史を守るために力を注がれていくでしょう。